裏の山にはいません

みきちゃんも里帰り出産で、3歳の羊ちゃんにも立ち会ってもらい産めたらと思っていたのが4年前の春のことでした。

それが助産院でのエコーで心臓の病気が分かり、転院を重ねた後、今の病院に行き着き、3歳までに3回手術が必要であることを告げられました。

そして生後半年以内には、一度目の手術の可能性が高いことも。

当時暮らしていたところは私の実家からも夫の実家からも離れ、夫と私と羊ちゃんの核家族。

病院まで行くのに車で2時間かかる上、山道、さらに冬は雪深いところ。

みきちゃんがどういう状態で生まれるのかも分からず、無事出産し退院できたところで、その土地で私はみきちゃんと羊ちゃんを育てていけるのだろうか、みきちゃんが入院したら、誰に羊ちゃんを預かってもらえばいいのだろうか、地元の人の顔を思い出しては戻りたい衝動に駆られながらも、不安や心配と夫があの土地を離れることはないだろうという思いばかりがぐるぐると回っていました。

そんな中夫が家族で暮らすことが大事だと、即座に転居を決断してくれたことに、あの時は本当に救われました。

夫の決断をきっかけに、暮らしていく上でのあれこれはさておいて、私はできるだけみきちゃんがお腹の中で育つようにと、そのことだけに集中できたように思います。

そして何より夫の会社が退職ではなく休職とし、みきちゃんがフォンタン手術を終えるまで夫の復帰を待っていてくれたことで、経済的にも精神的にも支えてもらいました。

羊ちゃんがこちらの幼稚園に入園してからは、幼稚園やお母さんたちから夫の職業を尋ねられる度に、なんと返答したらいいものか面倒臭さを感じるとともに、「子どもは重い心臓病で、治療のために引っ越し、夫はそのために休職中です(こちらでパートで働いてもいましたが)」なんて言ったら引かれるんじゃないかという変な負い目もあり、仲良くならなくても理解してもらわなくてもと虚勢を張っていましたが、いつの間にか友人たちがそっと支えてくれていました。

この4年間家族や会社の方々、夫の関係者の方々、友人、知人、たくさんの方たちに支えられて、ここまでやってきましたが、以前暮らしていたところに家族で戻ることにしました。

みきちゃんがフォンタン手術を終えるまでは戻れるかどうかも決断できずにいましたが、術後の経過も順調であることや家族の理解もあって引っ越すことにしました。

すでに2週間前に引っ越しを済ませ、子どもたちは泥だらけになって遊ぶ毎日。

つい3、4週間前までは家の中にてんとう虫がいるだけで、部屋の隅で逃げるように小さくなっていたみきちゃんですが、こちらに来てからゾウリムシもミミズも大好きなものの一つになったようです。

人間関係に至っては持ち前の陽気さをここでも発揮し、近所のおじさんとも友だちになるくらいの慣れっぷり。

今は庭に穴を掘るのを日課とし、せっせと穴の拡大に努めています。

羊ちゃんはと言うと、いくら3歳まで暮らしていた土地とは言え、転校させることに不安もありましたが、昨日の運動会では楽しそうに頑張っていました。

今後1年以内にはフォンタン後の心臓カテーテルの検査入院もあり、左の上がり気味の横隔膜も心配なところですが、ここで自分たちの暮らしを楽しんでいきたいと思っています。

そして、ブログはひとまず今日でおしまい。

もう私たち家族は、裏の山にはいません。

裏の山にも時々帰りますが、どうぞこちらにも遊びに来て下さい。

みなさん、今までどうもありがとうございました。

またいつかお会いしましょう。

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最後の外来

3歳11カ月 ●身長 95.3cm ●体重 13.4kg(着衣) ●サチュ 93

あれこれ相談して、家族とも相談した結果、夏に予定していた引っ越しを急遽5月に早めることにした(夫はすでに3月末に引っ越している)。

前回の外来の後決めたため、病院には電話で紹介状をお願いしたが、「みきくんの場合は、たくさん紹介状に書くことあるから早めに言って下さい」とのK先生の言葉を思い出し、果たしてあの時期が早めだったか、少々気にかかりながら病院へ。

余裕でレントゲンを撮り、大泣きして採血した後、診察までの間抱っこのまま寝る。

先週末に母の一周忌のため、あちこちに移動し、一昨日帰ってきたばかりで疲れが出たのだろう。

昨夜熱を出し、今朝もまだ熱っぽいまま病院に着き、いつも遊ぶプレイルームに行っても呆然としていたので抱っこしていたらそのまま寝てしまった。

予約していた11時から1時間近く過ぎてから診察。

K先生は分厚い紹介状を用意していて下さったが、さらに必要な書類があるとかでしばし席をはずしてどこかへ。

すでにその時点で12時半。

それからレントゲンの結果を聞く。

相変わらず縫縮手術をした左の横隔膜が上がり気味のまま維持しているが、今後経過観察しながら、再手術も考慮しておくべきだとのこと。

みきちゃんの場合、右胸心なので本来ならば左の肺の方が右の肺よりも若干大きくなくてはならない(左55%右45%くらいの割合で)のだが、左の横隔膜が上がり気味のため、左の肺を圧迫してしまっている。

フォンタン手術後でもあり、腹式呼吸をする年齢でもあり、これから成長する年齢でもあり、この状態が続く、もしくはさらに進行するのは良くない。

ただ再手術となった時、その時期や病院はここでも(K先生でも)転院先でも(I先生でも)どちらでも大丈夫なので、家族で決めてほしいとのこと。

それから採血の結果。

PT-INRが1.39だったため、ワーファリンの量が1.0mgから1.2mgに増量。

あとは転院後の話をいろいろ。

転院先の病院のことや、先生方の話。

小児科のK先生とは東京女子医大で一緒に働いていたことがあったとか、手術数は転院先の病院の方がはるかに多いから、ここの病院(の治療?看護?)にがっかりされるんじゃないか不安だとか、だけど信頼のおける先生方なので安心して転院できますよとか。

そんな話を聞いているうちに、みきちゃんの妊娠中からお世話になった病院とも先生方とも看護師さんたちとも別れ、本当に転院するんだという思いがこみ上げてきて、フォンタン手術後のカテーテル検査もまだだというのに、何だか一区切りついたような気持ちになってしまった。

そして紹介状と、分厚い手術記録、入院記録をもらい、「今まで本当にお世話になりました」とお礼を述べ、K先生の最後の外来を終えた。

遅い昼食を病院の近くで食べた後、マクドナルドハウスに行き、昨秋お世話になったSさんにも挨拶しようと思ったのが、あいにく不在。

それでも、みきちゃんが入院中ずっと気になっていた「かあちゃんがとまっているまくどはうす」に、みきちゃんと一緒に行けたから良かった。

みきちゃんの熱はその頃には下がり、口も達者になり、「かあちゃんとけっこんしたい~」などとのたまい、みきちゃんの言葉にメロメロになりながら帰宅する。

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手術後半年の外来

3歳10カ月 ●身長 93.6cm ●体重 13.3kg(着衣) ●サチュ 94

本来ならば2週間前に外来に行くはずだったのだが、震災によるガソリン不足の影響や余震の心配から延期してもらい、前回の外来からは6週間振りとなった。

その間の経過は順調で、風邪を引くこともなく、食欲もあり、見えない怪獣と戦うのを日課とする毎日。

そんなみきちゃんもK先生の前ではおとなしいのだが、今日ばかりは診察までに2時間以上待たされたこともあり、だいぶ疲れ、ぐずり気味。

それでもあれこれ聞きたいことがあり、鼻息荒く話しこむ私。

まずは実際に今回の地震で病院に行けずに、薬が手元になくなりそうになり焦った経緯から、薬を持たずに避難せざるを得なくなってしまった場合の対応について。

みきちゃんが現在服用している薬に関して言えば、すべてを毎日きちんと服用していることを大前提として、 ジゴシン・パナルジンは2、3日服用しなくても大丈夫だろうが、ワーファリン・ラシックス・アルダクトン・カプトリルは重要であると。

そして薬を持たずに避難した場合でも、お薬手帳だけでも手元にあれば、処方せんを出しやすいため、お薬手帳の保管場所に留意すること。

もちろん薬の種類や量を常日頃から把握しておくべきだろうが、たとえ量が分からなくても種類がわかっていれば、処方される際に大差はないと思われるとのこと。

あとはこれからのこと。

夏に引っ越しを考えていたが、どうしたらいいものかと。

全く治療に関することではなく、単なる人生相談であり、冷静さを欠いた漠然とした質問だなとは承知しつつも尋ねてしまう。

たいてい何事に関しても暴走し、暴走したら止められないタイプではあるので、誰かに相談することはないのだが、今回ばかりは悩みに悩んで、とうとうK先生に相談。

「お気持ちは分かりますが、焦らないことが大切ですよ」とK先生は言うが、転院する際の紹介状を頼む時には早めにお願いしますと付け加えられ、(そうなると・・・、引っ越しするならするで早めに決断しないと・・・)と、またあれこれ思い悩む。

救いはみきちゃんの術後の経過が順調で、今回の外来で利尿剤(ラシックス・アルダクトン)の量が減ったこと。

あとはみきちゃんにとって私は「大好きな母ちゃん」だったのに、最近は「怪獣ゴミラス」呼ばわりされているが、毎日元気に暴れ回っていることくらい。

次回の外来は4週間後。

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皆元気にしています

本来ならば、今日4週間ぶりの外来に行くはずだったのだが、東日本大震災の影響により、ガソリンの補給もままならず、まして余震の続く中、1時間半かけて病院に行くのも怖く、一昨日事情を話して予約を取り消してもらう。

ただ家にある薬が種類によっては17日までしかなく、病院に行かずに近所の薬局で受け取れないかと相談し、特例として病院から直接薬局に処方箋をFAXしてもらえることになった。

ただし当初は近所のかかりつけ医にまずは診断書を送り、そこから処方箋を出してもらい、薬を受け取れないかと言われたため、私がかかりつけ医に電話してお願いしたり、かかりつけ医そばのT薬局に薬の在庫を尋ねたり、病院からかかりつけ医に電話したりしたのだが、電話が全くつながらず、どうにかつながってもT薬局ではパナルジンとワーファリンの在庫がなかったりで、結局は病院から近所の薬局に処方箋を送ることで決着。

それまで祈るような気持ちで何度も電話していたから、薬の確保ができほっとした。

それに加え、地震の前日から岩手に行っていた夫の安否も、いくら地震の翌日同僚の方から大丈夫だとメールが来ても心配で、一昨日帰ってきて顔を見た時には安堵した。

私とみきちゃんは地震発生当時家にいたが、あまりの揺れに外の駐車場に避難。

地震がおさまってから私もしばらくは動けなかったが、みきちゃんも一切口をきかなくなりしがみついていたため、家に戻ってめちゃくちゃの家の中からおんぶひもを見つけ出し、みきちゃんを無理矢理おんぶして、家からみきちゃんの薬箱、非常用袋などを車に運び入れ、それから羊ちゃんを小学校に迎えに行く。

幸い羊ちゃんも無事で、兄と父の無事も確認できた。

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私たちは元気で、被害もほとんどなかったが、被災にあわれた方たちを支援するまでにはまだ動けず、私もこれからできること、少しずつ見つけていきたいと思っています。

心配してメールをくれた友人たち、どうもありがとう。

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心電図で大泣き

3歳9カ月 ●身長 93.5cm ●体重 12.8kg(着衣) ●サチュ 93

水分がフリーになってから、4週間振りの外来。

3月中に提出する特別児童扶養手当の診断書に添付するため、心電図の検査もあり、診察は10時半からだったが、早めに家を出て、9時半には病院に着き、心電図の検査を受ける。

「みきちゃんの心臓が元気に動いているか、疲れてないか、『心電図』で検査しないといけないんだ」とはもう何日も前からよく言い聞かせていたし、『心電図』が何をする検査なのかもよく分かっていたと思うのだが、検査室に入り、上半身裸になったら大泣き。

みきちゃん曰く、「シールをとられるのがいたくってないちゃった」と。

確かにそれもちょっと痛そうではあったけど、体に何かを付けられるのが嫌だったんだろうな。

どうにかアンパンマンのDVDを観ながら誤魔化し誤魔化し検査したが、見せてもらったアンパンマンのお話がびびりやのみきちゃんには、ちょっと刺激的で、その内容でまた泣くんじゃないかと内心ひやひやした。

その後レントゲンをし、K先生の診察。

水分がフリーになってからの様子は、1、2度朝顔がむくんだこともあるくらいで、水分を摂り過ぎているようではなく、1月下旬からずっと風邪を引いてはいるが、食欲もあり、お通じも順調であることを話す。

みきちゃんからは「このまえSLにのったよ~」と自分なりに近況報告。

私の話もいつも丁寧に聞いてくれるK先生は、やはりみきちゃんの話にもきちんと耳を傾け、「○○鉄道でSLに乗った」とカルテに記入し、「今度は鉄道博物館に連れて行ってもらいなさい」とみきちゃんにアドバイスしていた。

前回の外来から全く体重は増えていないが、これから暖かくなって、水分をもっと欲しがるようになっても状態が安定しているのなら、利尿剤を減らすことになり、今回も薬の量は変わらず。

あとは縫縮手術をした方の横隔膜が上がり気味で、反対側は下がっていることが、レントゲンにより判明したが、すぐに再手術ということではなく、しばらく様子を見ましょうとのことだったが、もうしばらくは手術は勘弁してほしい。

次の外来は4週間後。

早く風邪を治して、体重が増えることを望みたい。

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7歳になりました

2ケ月ほど前になるが、知り合いから羊ちゃんにとノートを頂いた。

卒業間近になると流行る類のノートと言えば、分かってもらえるだろうか。

名前や生年月日や星座や血液型や性格やチャームポイントや特技や趣味や今一番欲しいものや宝物や、好きなタイプや、そのタイプも芸能人にたとえるとや、かっこいいと思う人や、やさしいと思う人や、かわいいと思う人や、好きな食べ物やキャラクターやスポーツや色やっていうそこまで知りたいかって言う質問がどっさりのノート。

そのノートを頂いてからというもの、羊ちゃんは誰が何歳なのかと、宝物は何かが気になるようで、羊ちゃんの何人かの文通相手(←私の友人の大人たち)に、「なんさいですか?」、「たんじょうびはなんがつですか?」とせっせと書いては送っている。

この前も文通相手に「おげんきですか?わたしはげんきにしています。なんさいになりましたか?」という単刀直入の手紙を書き、そして今日も「おげんきですか?わたしはげんきにしています。○○ちゃんのたからものはなんですか?わたしのたからものはかぞくです。○○ちゃんもかぞくをたいせつにしてください。」という教訓めいた手紙をせっせと書いていた。

そんな羊ちゃんも先日7歳の誕生日を迎えた。

今年の私からの誕生日プレゼントは、羊ちゃんすごろく。

生まれてから7歳になるまでをすごろくにし、3歳でみきちゃんが生まれてからは枝分かれして、羊ちゃんコースとみきちゃんコースを作り、羊ちゃんが7歳になってゴール。

途中「1カ月健診で1回休み」とか、「寝返りをする イモムシごろごろをしながら2つ進む」とか、「歯が生えた」とか「初めて歯が抜けた」とか、「インフルエンザにかかり1回休み」とか、みきちゃんコースであれば「手術を頑張ったから2つ進む」とかを加え、誕生してから7歳になるまで、どこで生まれ、どこで暮らし、どこへ引っ越したのかが分かるように、写真も貼り付け工夫したつもり。

みきちゃんがお腹にいる時に病気が分かり、3歳までに3回手術が必要だと言われ、これからのことを考えて、実家のそばに引っ越したのだが、無事に手術を終えた今、家族とも主治医とも相談し、以前暮らしていたところに戻ることに決めた。

だが、気がかりなのは羊ちゃん。

すっかり小学校にも慣れたのに、転校することになる。

しかも羊ちゃんと話をしてみると、今まで包み隠さず事情を話してきたわりには、以前暮らしていた場所は覚えているが、どうして引っ越したのかを全く理解していない、もしくは全て忘れている様子。

今までこういうことがあったんだよと分かってもらうためにも、すごろく形式にしてみてはどうかと作ってみたのだが、すごろくを受け取り、喜んだことは喜んだし、遊びもした。

ただ理解しているかどうかとなると難しく、多少なりとも理解したところで、不満や不安もあるのだろう。

この前もみきちゃんに「せっかくともだちできたのに、ひっこさないといけないんだって~」と愚痴っていた。

残念なことに私が転校した経験がないため、羊ちゃんにいいアドバイスもできないが、生前母に羊ちゃんが転校するかもしれないと相談したところ、「転校も結構楽しいもんだよ」と話していたのを信じて、やっていくしかない。

誕生日に夫から辞書をもらってからというもの、毎日知らない言葉があると自分で調べて、一喜一憂している羊ちゃんだから(←『火山』を調べ、その怖さにびびったり、『コンビ』を調べ、「○○ちゃんと羊ちゃんでコンビだ!」と喜んだり)、『転校』のところに「児童が他の学校に移ること。それは結構楽しいこと」とでも書いてあれば、その気になるのにな。

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水分制限フリーになってから

1月21日の外来で水分がフリーになってから、2週間が過ぎたが、その間のみきちゃんの体調はどうだったのかと言えば、まあ、良かったり悪かったり、治ったり治らなかったり。

外来から帰る車中から、もう計るのを止めてしまったが、退院してからこの3カ月間、常にみきちゃんが飲食するものの水分を計っていたため、計らなくてもだいたいの目分量で、今日は水分を摂り過ぎたかなとか、今日はちょっと足りないかもと分かるので、食べたがるからとか欲しがるからと好きなだけ飲食させてきたわけではないが、食べ過ぎたり飲み過ぎてしまう日もたまにあり、そういう日の翌朝は決まって顔が少し腫れぼったい。

ただし体重に大きな変化はなく、12.4kg~12.8kgをうろうろとしている。

体調も崩してはいないが、風邪が治ったと思えば、また風邪を引いたりを繰り返し、手術頑張ったら新幹線に乗ろうという約束も未だ果たせず、最近では「しゅじゅつがんばったのに、とうちゃんもかあちゃんも、とっきゅうでんしゃもしんかんせんものせてくれないんだよ~」と愚痴るほど。

そんな時には、「じゃあ、みきがまず風邪を治して」と言い返すが、水分制限がフリーになったら、あそこに行こう、ここに連れて行ってあげようと思うところのどこにも行けていない。

水分制限がフリーになってから、父と私たち家族で旅行に行けたのは良かったが、みきちゃんにとって生まれて初めてとなる海を見せてあげたら、波の勢いに恐れおののき、即撤退。

少しは怖がりでなくなってきたかと思っていたが、図書館に行っても決まって、「かいじゅうとたたかってないウルトラマンのえほん、さがして~」(←かいじゅうは怖くて見られないため)と言ってくるくらいだから、いろんなことを克服していくのには気長に構えるしかないんだろう。

でも「ウルトラマンになりたい!」と言うみきちゃんに、怖がる姿が見たくて、「ウルトラマンになったら、ウルトラ星っていうところで、母ちゃんとも父ちゃんとも羊ちゃんとも離れ離れで暮らして、怪獣と戦うための訓練するんだよ」と話すと、案の定「それじゃ、やだー!!!」とみきちゃんをびびらせているのは悪趣味かもしれない。

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それは突然に

3歳8カ月 ●身長92.6cm ●体重 13.0kg(着衣) ●サチュ 98

羊ちゃんが2歳の頃から、寝る前に毎晩必ず絵本を読んでいる。

最近では羊ちゃんとみきちゃんそれぞれが選んだものを持ってくるので読んでいるが、みきちゃんのお気入りは『あっちゃん あがつく たべものあいうえお』(さいとうしのぶ作)。

これはあいうえお順に、「あっちゃん あがつく あいすくーむ」、「いっちゃん いがつく いちごじゃむ」、「うっちゃん うがつく うめぼし すっぱい」というように、食べ物の羅列が続いていくという絵本。

左ページには「○ちゃん ○がつく ○△□×」という文章で、右ページにはその食べ物の絵が描かれているが、これを読んであげると、みきちゃんが食べる真似をするのがお決まり。

そしてそれを見た羊ちゃんが、「みき!はかってからじゃなきゃだめじゃん!」とふざけるのもいつものこと。

まあ、それくらい水分量を計るのが我が家では日常のこととなり、みきちゃんも食べたければ自分で計りを持ってきたり、私が計りの電源を切り忘れていればすぐさま消してくれたり、羊ちゃんも何の食べ物が半量で計算するのか理解しているし、私が手を離せない時には水分計算をする紙に、水分量を書いてくれるまでになっていたのだが、今日の外来で突然100%からフリーになった。

前回のグレン手術の時が1月に手術をして、水分制限がフリーになったのが8月下旬だったし、前回は120%という制限の後フリーになったし、フォンタン手術はグレン手術よりも水分制限が厳しいとも聞いていたから、フリーになるのはまだまだ先のことと思い覚悟していたのだが、昨日水分量を計算する煩わしさから、「あ~あ、もう計らなくっていいですよって、K先生言ってくれないかな~」とみきちゃんにぼやいていたら、みきちゃんが「じゃあ、みきがあしたKせんせいにきいてみる!」と。

みきちゃんが言ったところで、「もうちょっと頑張って、水分計ろうね~」とでも言われるのがおちだと思っていたが、今日みきちゃんがK先生に「もうごはんもおちゃもはかりではからなくていいですかっ?」と聞いたところ、「じゃあ、お話しして決めようか」と前向きな返答。

そこで利尿剤を減らすのがいいか、水分量を上げるのがいいのか尋ねられ、「水分量を上げるというのは110%になると言うことですか?」と尋ね返すと、「みきちゃんは服用している利尿剤の量も多いし、きちんと服用できているから、フリーにして様子を見てもいいと思うんだよね~」とのこと。

ただしフリーになったからと言って、今までの分を取り戻すかのように水分を摂取させるのは間違いだと。

運動したり暑かった時には大目に摂取してももちろん構わないが、基本的には体は100%の水分量で足りるのだから、それくらいを目安としてほしいと。

また水分量が足りなさそうだからと、帳尻を合わせるような摂取の仕方もしなくていいと。

それからフリーになって気を付けることは、日々の体重の増減とむくみ。

水分を摂取し過ぎた場合、体重にもそれが現れるだろうし、顔にむくみとなって現れやすいから注意してほしいと。

まだ服用している薬も多いし、1年半後には心臓カテーテル検査もあるが、これでひとまずフォンタン手術後の山は越えた。

退院してから87日間、出掛ける時にいつも思う、水分量を大幅に超えてしまったらどうしようという緊張感から解放され、本当に嬉しい。

躊躇していた遠出もできるだろうし、手術頑張ったら乗ろうと約束していた新幹線にも乗せてあげられるだろう。

そして水分制限があり飲食する際には計らないといけないんですと話すと、決まって「大変ね」と言われ、「そうですね、大変ですね」と答えるというこの不毛なやり取りも、もうしなくていいのかと思うと嬉しい。

次回の外来は4週間後。

K先生は6週間後でも構わないとのことだったが、私の都合が悪く、4週間後となった。

フリーになったといえども、それまで何事もないよう、気を付けねば。

ちなみに、みきちゃんの好きな絵本『あっちゃん あがつく たべものあいうえお』で、「なっちゃん ながつく なっとう  ねーばねば」のところは、ワーファリンを服用していて納豆が禁忌のみきちゃんは、たとえ絵であろうと食べようとはしない。

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今だけの楽しみ

よっぽど何かに集中していない限り、ずっとしゃべり続けているみきちゃんだが、まだきちんと発音できない言葉もある。

ついこの前までは、電話が鳴ると、「かあちゃん、でんま~」と言っていたし、今でも「幸せ」が言えず、いつも「しわよせ」になってしまう。

私が「みきちゃんといると幸せ~」と言うと、みきちゃんが「しわよせ~」と言うので、自分の顔の皺を思い出し、複雑な胸中になってしまい少々困るが、とにかく人の話す言葉や文字に対して関心が高くなったようだ。

数字は1から9までは読めるようになり、羊ちゃんの真似をして、「いちたすごおは~?」と言ってみたり、物の形を数字に例えてみたりと、みきちゃんの話す内容の7割近くを、トーマスか電車か車のことで占めていた今までと比べたら、興味の範囲も広がってきたのだろう。

だけど新しい知識が増えようが、今のところ入院中のこともよく覚えていて、「みきがびょういんにおとまりしてるとき、やさいたべなくって、かんごふさんにおこられたの」とか、「みずいろのふくきたおばちゃんが、みきといっしょにしゃしんとりにいってくれたの(←レントゲンのこと)」とか、「エコーはごりごりするからいやなの」と、時々思い出したように話してくるし、入院中淋しかった思いがあり、「かあちゃん、どこにもいかないでね」とも言ってくる。

そう言われる度に、半分本気で、「みきちゃんがもう大丈夫って言うまで、母ちゃんはそばにいるから」と答える。

でも6歳の羊ちゃんでさえ、3歳の頃の記憶がないのだから、こんなことを言っていたのもみきちゃんもいつかは忘れ、悪態をつくようになるかと思うと、今だけの楽しみのかもしれない。

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今度はみきちゃん

羊ちゃんの風邪がようやく治ったと思ったら、今度はみきちゃん。

年明けから咳をしていたと思っていたが、先週からは咳込み過ぎて、午前中に必ず一度は吐くのを日課とし、水分制限がままならない毎日。

先月24日の外来で100%(1000g)にUPしたものの、そこまで摂取できた日は数える程度で、あとは100~200gほど余り気味。

でも本人はいたって元気なんです。

さすがにこの寒さの中、外で遊ばせてはいないが、家の中で飽きることなくミニカー、電車、積み木というみきちゃんにとっての三種の神器で遊んでいる。

ただし本調子ではないため、どうもめそめそしやすい。

私と羊ちゃんが出掛け、夫とみきちゃんで留守番することも以前なら全く平気だったのに、この前は用事があり羊ちゃんと出掛けようとすれば、「いがないでぇぇぇ~」と泣きながらしがみついてきたり、夜中寝ていても、私がそばにいるか確認し、「かあちゃ~ん、ずっとそばにいて~」と言ってきたり。

それも私にだけ。

夫がみきちゃんの隣に寝ようものなら泣いて嫌がるし、「かあちゃん、だいすき~♪羊ちゃん、だいすき~♪とうちゃんはきらいっっっ!!!」と夫に暴言を吐く。

そんなことを言われても、懲りずに毎朝寝ているみきちゃんの隣に忍び込む夫のことは、結婚8年目でも理解できない。

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